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テキスト:松本透

松本透(国立近代美術館 副館長)
2009年8月

文化庁新進芸術家海外研修申請者の手塚愛子は、既成の織物を利用して、多くは絵 画的かつ立体的なきわめてユニークな作品を作ることで注目されている新進作家であ る。とりわけ VOCA 展(2005 年)で佳作賞を受賞後は、岡崎市美術博物館、愛知県美術 館(以上、2007 年)、東京都現代美術館、国際芸術センター青森、群馬県立近代美術館 (2008 年)、豊田市美術館、東京都庭園美術館(2009 年)など、毎年、各地の公立美術 館が開催するテーマ展に招待出品し、そのつど期待に違わぬ力作を発表している。

手塚愛子のここ数年来の作品は、織物という縦糸・横糸の織りなす構造物から、た とえば一定の糸を抜き取って立体的・空間的な(しばしば巨大な)作品へと転じたり、 あるいは抜き取った糸を元の織物にフィードバックさせて、その上に別のイメージを刺 繍するといった、かなり複雑な方法によるものである。元になった織物の解体と再構成 をへて、既製品と芸術、工芸(織物)と美術、絵画的イメージと空間的構成物といった 複数の意味を併せもった、まったく別の何か(現代美術)が生まれるわけである。日本 の美術界では、それらは時に「工芸的」と見なされることがあるようだが、まったくの 誤解といえよう。むしろ構造的思考と、絵画的色彩設計と、建築的な空間形成が一つに なった、現代美術の、すぐれてコンセプチュアルな新しい方法と見るべきなのである。

志願者は、五島文化財団の奨学金を得て、今年の冬から 1 年間にわたって欧州に滞 在する予定であるが、さらに 2 年間、ベルリンを本拠地にして制作を続けたいという希 望を強くもっている。彼女はすでに、海外でも類例のない独創的な手法を推し進めつつ あるが、日本とは比べものにならないほど競争のきびしい欧州で研修し制作を続けるこ とは、彼女の作家としての将来に資するものが大きいと期待される。

以上の理由から、海外研修候補者として手塚愛子を推薦いたします。