Reference
Text by 松本透(当時・近代美術館副館長、現・アーティゾン美術館副館長)
文化庁新進芸術家海外研修申請者の手塚愛子は、既成の織物を利用して、多くは絵画的かつ立体的なきわめてユニークな作品を作ることで注目されている新進作家である。とりわけ VOCA展(2005 年)で佳作賞を受賞後は、岡崎市美術博物館、愛知県美術館(以上、2007年)、東京都現代美術館、国際芸術センター青森、群馬県立近代美術館 (2008年)、豊田市美術館、東京都庭園美術館(2009年)など、毎年、各地の公立美術館が開催するテーマ展に招待出品し、そのつど期待に違わぬ力作を発表している。
手塚愛子のここ数年来の作品は、織物という縦糸・横糸の織りなす構造物から、たとえば一定の糸を抜き取って立体的・空間的な(ばしば巨大な)作品へと転じたり、あるいは抜き取った糸を元の織物にフィードバックさせて、その上に別のイメージを刺繍するといった、かなり複雑な方法によるものである。元になった織物の解体と再構成をへて、既製品と芸術、工芸(織物)と美術、絵画的イメージと空間的構成物といった複数の意味を併せもった、まったく別の何か(現代美術)が生まれるわけである。日本の美術界では、それらは時に「工芸的」と見なされることがあるようだが、まったくの 誤解といえよう。むしろ構造的思考と、絵画的色彩設計と、建築的な空間形成が一つになった、現代美術の、すぐれてコンセプチュアルな新しい方法と見るべきなのである。
志願者は、五島文化財団の奨学金を得て、今年の冬から1年間にわたって欧州に滞在する予定であるが、さらに2年間、ベルリンを本拠地にして制作を続けたいという希望を強くもっている。彼女はすでに、海外でも類例のない独創的な手法を推し進めつつあるが、日本とは比べものにならないほど競争のきびしい欧州で研修し制作を続けることは、彼女の作家としての将来に資するものが大きいと期待される。
以上の理由から、海外研修候補者として手塚愛子を推薦いたします。