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VOCA 展 2005 推薦文(テキスト:中井康之)

中井康之(国立国際美術館主任学芸員)
2005年3月

手塚愛子の表現は、絵画を出自としたものではない。絵画が、画布上に繰り広げられる媒材の様々 な痕跡によって築き上げられてきたものであるとするならば、手塚の表現行為はそれらの媒体を 支える支持体自体にわずかに意識をずらしていったものであろう。

歴史的に見るならば、絵画を成立させる物理的な要素を還元化することによって絵画のあり方 を問うよう表現様式を成立させたのは 1960 年代末のフランスにおいてであった。「シュポール /シュルファス」と称されたその運動は、同時に絵画自体の表現を求める美術運動でもあった。 それは鑑賞者が感情移入できるような形態を排除することによって、絵画のための絵画を生み出 すはずであったが、同時にそのような非-歴史性・文学性が、その運動体の表現を衰退化させて いった一因となったかもしれない。

手塚の初期作品にカンヴァスに刺繍を施した作品がある。それは刺繍による図像を見せる作品 ではなく、カンヴァスの裏に投げ出された刺繍糸の塊を見せるための作品であった。絵画が画表 面を見せる様式であるとするならば、手塚の意識は画表面を成立させる構造に注視したものだと 言うことができる。

今回の手塚作品では、文様としての図像が成立している織物を解体して、解体した支持体自体 を見せること、あるいは異なる文様を持つ二つの織物を解体してからそれらを再び紡ぐことによ って、また新たな図像を生み出すことを試みている。歴史的な変遷を経て生まれた匿名性の強い 文様という図像を持った織物に、ある一定の法則による解体/結合を施すことによって、無作為 の作為とも言うべき表現を生み出した。

手塚の表現は、絵画の本質から発生したものではないが、絵画を構成する要素を還元化した上 で、表現のレベルにまで押し上げ、絵画の存在理由に新たな問題を提起している作品として位置 しているのである。

 

– 中井康之(国立国際美術館主任学芸員)
(2005年3月)