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「迷宮の糸」(「Art Court Frontier 2003」展 推薦文:中井康之)

中井康之(国立国際美術館学芸員)

 糸に纏わる、良く知られた話に「アリアドネの糸」がある。ミノタウロス殺しのためクレタ島へ来たテセウスに恋をしたアリアドネが一個の糸毬を手渡したことによって迷宮から脱し地上に帰ってくることができたという『ギリシア神話』の中の寓話である。
手塚の一連の作品を見たときに、ふと、その神話を思い起こした。その時は、「糸」が用いられているから、という単純な理由だったかもしれない。しかし、後になってからも手塚の作品が見えない糸で私の頭に繋がってしまったかのように脳裏から離れなくなり、記憶の糸を辿って行くように彼女の作品を考えるようになっていた。
手塚の作品に現れた糸は、これまで見えてこなかった、少なくとも意識することのなかったものを作品としている。模様の入った織物の縦糸という自ら存在する事の無かった、見えない糸を立体的な量として顕わし出すこと。普通には見えるものとしては扱われることのない生地上に編み出された図像の裏地から見た糸を表現の主体とすること…。
このような、見えなかった糸を表現とすること、見えることを拒否されていた存在を顕現化することの寓意性は、今を生きる者にとっては多くの意味を見出さざるを得ないだろう。手塚の糸はそのことを具現化したものとして、我々の意識を覚醒する…